
定職もなく携帯電話を持たない人物のことを「社会不適合者」と決めつけて良いのか、といきなり切迫した書き出し。これは、つい先日ぼくの知人が別の知人に対して吐き出してしまった「社会不適合者なんですねぇ」というまったく不適切で遺憾な言葉をヒントにしたというだけなのだけれど、現代という社会においては定職に裏付けられた安定収入に加え、携帯電話も社会性に密接に関わる最重要なアイテムと、周知されているということ、なのだろうか。
そもそも携帯電話が普及する前は…、というような懐古主義に浸ることこそあまり意味がないとは思うのだけれど、それでもまあそういう考察もアリじゃないのかなあ、ということで、携帯電話が普及していない頃は今よりもっと「約束事」を大事に思っていたような気がする。それで、時間の使い方も上手だったんじゃないかな。それが、時間の使い方ばかりではなくコミュニケーションの相手に対しての配慮というか、「ちゃんと物事を伝えよう」とする気構えにも繋がっていたようにも思えるし。
現代の社会性を象徴するアイテムである携帯電話によって、ぼくたちの社会性は失われているのだ。
と言ってしまえるほどの自信は微塵もないのですが、そんな感じはするんだよなあ、と対して美味くもない酒を飲みながら、つぶやいてみたいなあ、と。
それで、写真はいちいち携帯電話を撮ってもつまらなそうなので、「社会不適合」的なイメージカットを探して添付してみました。まあ本道ではなく「隙間」という感じ。