2012年02月29日

なくしたもの。

なくしたもの。
 めずらしく独りで呑んだ。その店には次々に人が入ってきて、いつの間にかカウンターまで一杯になっていた。トイレで懐かしい顔に出会った。設計会社を辞めてまったく異種の会社を親から引き継いだと聞いていた。握手を交わそうとしたら、「まだ洗っていなかった」と照れながら言って手を軽く洗い、それから「久しぶりです」と握手をした。相変わらず気さくで良い人だった。
 冷酒を流し込んでから、温めの燗酒を二本やってまた冷酒に戻った頃、隣の席に出版社の方が座った。それで、同業者ということでいくらか話した。共通の知人もいたが、本づくりについての考え方には交わるところはなかった。先日発行されたその出版社の雑誌には注目すべき地元企業が取り上げられていて、知人の会社も「エコな会社」などという、そんな言われ方で掲載された。その知人に頼まれ校正をして差し換えのための原稿も書いた。それで、仕上がった雑誌を見せてもらったけれど、残念ながら売れない雑誌であることはひと目で分かった。その出版社の方にそれを伝えなかったのは、遠慮したわけではなくてそんな特集を組んだことすら知らなかったからだ。その方は亡くしてしまった妻のことをひとしきり話した。「もともとは編集者ではなくてデザイナーだった」とそんなことを打ち明けた。
 帰り途、散歩中の知人とその母に逢った。あまりに酔っていたので何を話したか良くは覚えていない。なぜかその母と握手をしたような記憶が残っている。それで、「あまり呑んでばかりいたら駄目ですよ」というようなことを、言われたような記憶もある。そんな気遣いが有難いと思えるのは、酔ったおかげでで子ども並みの素直さを取り戻したから、だろう。けれど、このぼくを生んでくれたぼくにとって本当の母がまったく同じことを言ったとしたら、ぼくはきっと素直に聞いたりはしないはず。それを思ったら、すこしかなしい気持ちになった。
 帰宅後、よせば良いのにパソコンを起動させて何かを打ち込もうと試みるも、酔いが深くまわったせいでキーボードが上手く叩けずむかつく。それで、結局そのキーボードを壊してしまう。いま「P」のキーが毟り取られたパソコンでこのブログを入力しています。これから探してみます、失くした「P」を。


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Posted by sousuke at 09:44│Comments(2)省みるべきこと
この記事へのコメント
たまにはひとり酒もいいですね。
静かに飲みたいときに
横にがーがー語る人が来ると
あ~あの気分になりますが。
あの店はほんとにいつも
混んでいます。
その出版社の人もほぼ毎日
来てるんじゃないかなあ。
Posted by へこりとへこりと at 2012年02月29日 11:53
へこりとさんは良く「しくじり」と言うけれど、ぼくにとってのそれは「なくしたもの」なのかも知れません。そんなセンチメンタルを酒で流し込む日々。けれど、イマジンは我々だって得意なはずです。妄想ばかりでなく…。
Posted by sousukesousuke at 2012年02月29日 12:50
 
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